真っ赤な肩パット入りの衣装、太眉、ソファージュのいで立ちで登場し、バブル時代に流行ったものを50音のネタで表現するという「バブリー50音ネタ」で観客を楽しませてくれているバブリー女芸人・平野ノラさん。


そんな平野ノラさんの出身中学・高校、父親母親などについて調べてみました。



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平野ノラ プロフィール




本 名: 平野 千秋(ひらの ちあき)
生年月日: 1978年10月20日
出身地: 東京都葛飾区
血液型: AB型
身 長: 162cm
最終学歴: 修徳高等学校
事務所: ワタナベエンターテインメント


好きな俳優: 舘ひろし、
好きな野球選手: ランディ・バース、ウォーレン・クロマティ
好きなスポーツ選手: ジャンボ尾崎



趣 味: 絵画、スポーツ、格闘ゲーム。
特 技: バレーボール、ダンス、物真似
本田美奈子の『1986年のマリリン』のライブバージョンを完全コピーすること。
デヴィ夫人、マイケル・ジャクソン、「妖怪人間ベム」のベラなどもレパートリーとしてあります。


2017年、日本代表が出場する国際大会・『ワールドグランドチャンピオンズカップ』の応援サポーターに任命され、その中継の際には自ら試合中のプレーを解説・指摘もしていました。


子供の頃から目立ちたがりで独りよがりな性格でした。

自身も小学生の時にファンレターを書いて送った経験があったことから、寄せられたファンレターには全て、自筆で返事を書いて返送しています。

平野ノラ 芸名?本名は?




平野ノラというのは、芸名です。平野ノラさんの本名は、『平野千秋(ひらの ちあき)』さんです。

最初は本名の平野千秋という名前で活動していましたが、デビュー1年目の途中で、自ら現在の芸名『平野ノラ』に改名しています。


「野良猫のように一人でも芸能界を渡って行けるように」という意味で、ノラと名付けたそうです。


また、イプセンの戯曲『人形の家』の主人公ノラにも由来しているそうです。


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平野ノラ 父親母親?兄弟姉妹はいる?




平野ノラさんは、父親母親、そしてお兄さんと東京都葛飾区に住んでいましたが、現在、父親と母親は、千葉県我孫子市に住んでいます。
お兄さんとは、壮絶なけんかをしながら育ったそうです。

平野ノラ 父親とは?

平野ノラさんの父親は、平野秋義(あきよし)さんと言います。



父親・平野秋義さんは、かつて不動産関係の仕事をしていて、バブルがはじける以前は、仕事と遊びを思い切りやって土地を転がすバブリーな生活をしていました。


バブル時代の父親・平野秋義さんは、小学生だった平野ノラさん自身から見ても「バブリーな人だった」そうです。


平野ノラさんのバブリーな芸風は、父親・平野秋義さんのバブリーな生活からヒントや影響を受けているところが多いといいます。


平野ノラさんは、バブルが崩壊した1991年に中学に入学。バブル絶頂期は小学生だったので、かすかに残るバブルの記憶と当時のはやりものから“バブリーネタ”研究したそうです。


ちなみに、平野ノラさんは、父親にそっくりな自分の顔にコンプレックスを抱えていたそうですが、小学生になると美少女に成長したそうです。笑


現在、父親・平野秋義さんは、カラオケ居酒屋『がじゅまる』を経営しています。



平野ノラさんの芸能界でのブレイクついて、父親・平野秋義さんは


「継続は力なりでやっと華が開き頑張っている。尊敬しており素晴らしい」


と喜びを表していましたが、一方で早く結婚して孫を見せて欲しいとも語っていました。

平野ノラ 母親とは?

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平野ノラさんの母親の名前は、平野澄子(すみこ)さん。


平野ノラさんは、平野澄子さんが21歳の時の娘だそうです。


母親・平野澄子さんは、父親 平野秋義さんのカラオケ居酒屋『がじゅまる』の隣で“たこやき屋”『味平(あじへい)』を経営しています。


平野ノラさんが気付かないうちに、実家が“たこやき屋”になっていたそうで、“おったまげー”だったそうです。


『金スマ』で、平野ノラさんが特集された際、母親・平野澄子さんのたこ焼き屋さんが紹介されていました。


平野ノラさんのライブの時は、母親・平野澄子さんが、たこ焼きを差し入れしてくれるそうです。


平野ノラさんの衣装である真っ赤なバブリースーツは、母親・平野澄子さんの手作りで、すでに7着ほど作っています。


平野ノラさんは、バブリーな衣装についてこんなコメントもしています。

“こんなにえげつない肩パットのボディコンがなかなか売っていなくて。”

“この衣装は3着目なんですけど、どんどん母の腕が上がっていて、どんどん肩パットが大きくなっています(笑)。”



 
10月31日放送『踊るさんま御殿』に平野ノラさんと母親・平野澄子さんは、同じ衣装で登場しています。
当時61歳だったということですが、スタイル抜群ですね。

平野ノラ 中学・高校




平野ノラさんは、小学3年生の時に、ママさんバレーをしていた母親・平野澄子さんの影響で、バレーボールを始め、東京都葛飾区のチーム『東金町ビーバーズ』に選手として所属していました。


2016年11月4日 平野ノラさんは、「有吉ジャポン」で、
「わたくし、小学生で全国制覇してまして。それがテレビ放映されていて、優勝して涙を流すわたくしの顔がドアップで放送されたのが、テレビデビューです」と得意げに話し、


有吉弘行(42)が「ポジションは?」と聞くと、平野ノラさんは「わたくし、ベンチあたためていました」と言って笑わせていました。


その後、平野ノラさんは、中学校・高校に進んでもバレーボールを続けています。


平野ノラさんの通っていた葛飾区立金町中学校は、バレーボールの強豪校で、高校は、バレーボール推薦で東京葛飾区の私立修徳高校に進学しています。


中学3年生の時の担任の先生によると、平野ノラさんは、自己紹介のときに「鈴木保奈美です」と言うなど当時からはっちゃけていたそうです。


平野ノラさんは、バレーを頑張っていたため、勉強の成績はあまりよくなかったといいます。授業中はウォークマンを聴いていたり、テスト中は暇なので自分の名前を立体的に書くなどしていたそうです。


成績が悪かったため行ける高校がなく、バレーボール推薦修徳高校に進学したのだそうです。


平野ノラさんは、高校在学中も、本当はお笑いをやりたかったのですが、全国レベルのバレー部でキャプテンを任され、実業団からスカウトが来るまでの選手であったため、身動きがとれなかったようです。




平野ノラさんは、小・中・高と9年間、チームのキャプテンを務め、関東大会で2位になった他、全国大会と東京新聞杯で優勝しています。本当にベレーボール漬けの学生生活だったんですね。


平野ノラさん本人曰く、「今芸人としてやっていく上で大切な精神力が、厳しい練習環境で揉まれていくうちに培われた」そうです。


チームのキャプテンを務め、実業団からスカウトが来るほどの実力の平野ノラさんでしたが、高校卒業後は、大学へは進学せず、バレーボールもやめています。

「小学時代から高校進学まで、バレーボール一辺倒でほとんど勉強しないままで進んで来てしまいました。


そんな高校時代も不運続きで、キャプテンであるのに、技術よりも身長を優位にする何とも言えない方針でレギュラーにはなれないという悔しい毎日。


バレーボールに注いだ青春に何一つ結果を残す事ができませんでした。当時のその若さで“報われない努力もある”ということを知りました。」


報われなかったバレーボール人生についてコメントしています。


「先輩にいじられたり、仲間に面白い事を言って和ませたり…“面白いね”って言われる事が、ただ嬉しくて。

辛くしんどい毎日でしたけど…なんでしょうね…それを乗り越えてきたって言うより、その場における必要性が自然に自分の役割を創っていたのかな…

“笑いのある日常”を“人の役に立つ事”として意識し始めたのもこの頃からなのかなって。 」



「厳しい練習生活の環境に対する反動として、それとは全く違った進路として、または自分の精神力を維持させる手段みたいなものとして「笑う」「笑わせる」という行為が必要だったのかもしれません。」


高校卒業後はアルバイト生活をし、、部活で遊べなかった反動からフラフラしていたとのことですが、色々と思うところもあったのでしょうね。


『金スマ』では、23年ぶりに母校「金町中学校」を訪問していました。当時のバレー部顧問 伊藤康嗣先生が、現在は校長先生になっていました。


更に体育館にいくとバレー部の後輩が練習をしていたのですが、みんな平野ノラさんがOBだと知っていたようですね。平野ノラさんは、当時を思い出してレシーブを披露していました。


平野ノラが会いたかった中学3年生の時の担任・山路敏英先生も、駆けつけてくれていました。進路相談のとき、お笑い芸人になることを宣言、母親や他の先生は猛反対したが、山路先生は応援してくれたそうです。


山路先生は手紙を取り出すとノラに向けて音読してくれて、当時の思い出を振り返えして、平野ノラさんは涙を流してしまいました。


本当にバレーボール一筋の学生生活を送っていたんですね。


キャプテンをしていたにもかかわらず、レギュラーにしてもらえなかったことは、につらかったと思いますが、それでも、バレーボールをやまなかったのは、平野ノラさんがバレーボールを本当に好きだったということでもありますよね。


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平野ノラ 中学高校?父親母親?兄弟姉妹?まとめ

平野ノラさんは、スポ根アニメやドラマのように、バレーボール一筋の学生生活を送っていたようですね。

そして、厳しい練習やキャプテンにもかかわらず試合には出してもらえないなど苦しいい経験をとおして、笑いの必要性や必要としている役割について感じ始めていたんですね。

そして、この時の経験が平野ノラさんのお笑いの原点になっているんでしょうね。


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